長崎駅近くの線路沿いを人々が歩きながら負傷者を運んでいる。
2024年6月12日 13時56分
原爆投下翌日の1945年8月10日の長崎の惨状をとらえた写真が米国のオークションで見つかった。撮影したのは旧日本軍の報道カメラマン、山畑洋介氏(1917~1966年)だった。
23枚の写真の中には、これまで別々だと考えられていた2枚の写真が同じ写真から切り取られたことを強く示唆するものも含まれている。山畑さんの写真の管理を手がける長男の省吾さん(77)は、新たに見つかった写真コレクションを「貴重な発見」と評した。
埼玉県富士見市の広田薫さん(73)は米国で化学メーカーに勤務し、オークションで購入した。昨年8月、山畑庸介さんが45年8月10日に撮影した写真が新たに発見されたと報じる読売新聞の記事を読み、「私も同じ写真を持っている」と気づいた。
Yosuke Yamahata
その後、読売新聞の協力を得て省吾さんらが写真を検証したところ、昨年8月に広田さんがオークションで購入した写真167枚のうち、読売新聞が昨年8月に報じた写真1枚と合わせて23枚が山畑さんが撮影したものだったことが判明した。
原爆投下の翌日に長崎市浜口町地区を撮影した写真のうち1枚は、これまで別物と思われていた他の2枚の写真と同じ画角だった。新たに発見された写真の構図は、他の2枚よりも全体像をとらえている。専門家らはこれまで、2枚は同じスナップ写真ではないかと示唆していたが、ネガがないため確認できなかった。
この写真の発見について、長崎平和推進財団写真資料調査委員長は「2枚は同じ写真から切り取ったと推定できる。全体をワイドに写す山畑さん特有の撮影スタイルも表れている」と話している。
山畑の写真は何度も複製され、流通したため、画質が粗いものもあるとみられる。正悟氏によると、オークションで発見された23枚の写真は、はるかに高品質の印画紙に印刷され、銀の含有量も高いことから、ネガから作成されたオリジナルプリントである可能性が高いという。
上:山畑洋介氏が長崎原爆投下翌日に撮影した浜口町地区の写真。爆心地から約250メートルの位置から撮影されたとみられる。
下: 当初は 2 枚の異なる写真だと思われていましたが、線で示されているように、この写真はトリミングされる前のオリジナルの写真である可能性があります。
オークションに興味を持ったきっかけは、著名人のサインや手紙が出品されていたこと。しかし、日本の戦争史に関わる資料や写真も出品されていることを知った。「海外の人が買ってしまい、所在が分からなくなってしまうのは困る」と、積極的に入手を進めた。
「日本人にとって大切な記録。大切に保存していきたい」