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樹齢百年の森が残る日本の小さな村の再生

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岡山8月16日(日本のニュース岡山県北東部に位置する西粟倉村は、人口約1,300人の小さな村です。コンビニもなく、信号も2つしかないこの村では、2008年に「西粟倉100年の森林構想」という大きな取り組みが始まりました。

西粟倉村の神山隆弘副村長は次のように説明した。「世紀の森林構想は、2004年の平成の大合併の際に考案されました。住民の60%が近隣の市町村との合併を選択しなかったため、村は規模が小さく、財源も限られているにもかかわらず、合併せずに自給自足していくという大きな課題に直面していました。」

村の面積の90%以上を占める広大な森林に着目。何世代にもわたって受け継がれてきた宝である杉やヒノキの植林地を村おこしの要とし、その森林を最大限に活用することで、地域内外にPRし、未来の世代に活力と豊かさをもたらす村づくりを目指しました。

2017年に移住してきた田端尚さんも、この村に引き寄せられた新参者の一人だ。元ITスタートアップ企業の社員だった田端さんは、林業への意外な興味を発見し、森林調査と管理を専門とする会社を共同設立した。

現在、株式会社百盛の共同代表を務める田端さんは、「もともと山に興味があったわけではないのですが、友人と何度か訪れて林業について学んでいるうちに、山に興味が湧き、挑戦してみようと思ったんです」と語る。

森林調査や作業道の設計など、木質改善に向けた作業は山積している。村の活性化に尽力する一人が、2009年に西粟倉村に移住し、地元の木材を使った家具の製造・販売会社を経営する大島正幸さんだ。

ようび株式会社代表取締役社長の大島さんは、「2009年8月6日にここに移住しました。センチュリーフォレスト構想で家具を作ることで、人を幸せにするだけでなく、森や地域の美しさを高めることもできると気づきました」と話す。

村民の喜びは地域に広がり、次世代へとつながっています。これまでに西粟倉村では、この思いに共感した人たちによって約50社の企業が設立され、村の人口の約2割が移住者で構成されています。

10年前の調査では、西粟倉村は将来消滅する可能性があると示唆されていた。しかし、2024年に発表された同様のリストから同村の名前は削除された。

百盛株式会社の田端さんは「まだ成功はしていないが、成功に向けての奮闘が面白い」と振り返る。

ようび株式会社の大島さんは「村のさまざまな施策や、新しい人を歓迎する文化のおかげで、自分の情熱を注げるチャレンジに没頭できるのがこの村の魅力です」と語る。

神山副市長は「最大の資源をフル活用することでビジネスモデルが生まれ、教育や介護、福祉といったソーシャルビジネスも広がっている。今後も地域本来の強みを生かせる仕組みをつくっていきたい」と締めくくった。

西粟倉村が未来に向かって歩み続ける中、この小さな村の果敢な挑戦はこれからも続く。

ソース: FNN



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