オーストラリア、カウラ –
80年前、第二次世界大戦中に日本兵が強制収容所から集団脱出を試みた際に亡くなった230人以上の人々を悼む追悼式が日曜日、オーストラリアのカウラで始まった。
アンソニー・アルバニーゼ豪首相、鈴木一弘駐豪大使らが献花し、両国の戦没者を追悼するとともに、戦後追求されてきた平和と友好を今後も育んでいくことを誓った。
「世界中で混乱と紛争が渦巻く今、第二次世界大戦の暗黒の時代から両国の友情が育まれてきたことを忘れてはならない」とアルバネーゼ首相は記者団に語った。同首相は1986年のボブ・ホーク首相以来、カウラを訪問した初のオーストラリア首相となった。
1944年8月5日のカウラ脱獄事件では、野球のバットやナイフで武装した約1,100人の日本軍捕虜が兵舎に火をつけて脱出を試みた。
多くは警備中のオーストラリア兵に射殺され、その場を離れた者たちは連れ戻され、脱出の試みは失敗に終わった。オーストラリア政府によると、脱出中に234人の日本人と4人のオーストラリア兵が死亡した。
亡くなった日本人はここに埋葬され、地元住民は終戦後も慰霊を続けている。後に墓地と日本庭園が造られた。
カウラは今や日本とオーストラリアの歴史的和解を象徴する場所となっている。日曜日には住民らが提灯を持って追悼パレードを行った。